大阪高等裁判所 昭和47年(ツ)48号 判決 1974年10月31日
上告人
日本鉄機工業株式会社
右代表者
小西昇
右訴訟代理人
田中美智男
被上告人
東邦物産株式会社
右代表者
福岡太郎
右訴訟代理人
力野博之
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪地方裁判所に差戻す。
理由
上告理由第一、ないし第三点について、
論旨第一点は、上告人の営業休日に、何らの権限を持たない従業員藤原豊が本件係争物件を被上告人に引渡したのを適法とした原判決に法令適用の誤まりがあるとし、同第二、三点は右物件の引渡は、製作代金の支払と引換になすべきで、これによつて始めてその所有権が注文主横内に移転するものと解すべきであるのに、単なる憶測をもとにして、藤原が被上告人に引渡したときに所有権が移転したと断定したのは慣習法違反、審理不尽であるという。
ところで、原審において、上告人の主張した請求原因は、上告人が訴外横内敏雄の注文によりバイパス配管一〇組を製作して所有していたところ、被上告人がこれを無断持ち出して他に処分し、上告人の所有権を侵害したから、当時の時価相当額と弁護士費用を不法行為による損害として賠償請求をするというのである。しかしながら、原判決の認定と原審口頭弁論の全趣旨によると、被上告人は右横内に対し乾燥炉一式の製作を請負わせたところ、同訴外人がその部品である本件物件の製作を上告人に依頼し、その材料はすべて被上告人の提供したものが横内を通じて上告人に交付されたのであり、上告人がこれを完成して横内に引取り方を電話連絡したところ、同人は被上告人がその完成を急いでいたため、これに知らせた結果、被上告人が直接引取りに赴いたが、偶々その日が盆の休日で上告人は営業を休んでおり、現場に居合わせた上告人の使用人が製作代金未払の事実を知らずに引渡し、一方横内は倒産し、右代金は未回収に終つたとの事案である。してみると、製作材料を全く提供していない上告人が製作完了によりその所有権を取得するということは法律上あり得ないことであるから、上告人が本訴請求原因として主張した法律構成は明らかに法律の誤解に基づくものであつて、上告人が本訴において主張するところを合理的に解釈するならば、上告人が真に判断を求めているのは、係争物件の所有権の帰属ではなく、横内の倒産した現在、被上告人から右製作代金相当額を回収することができるか否かの点にあるものと見なければならない。しかも被上告人は上告人に対し何ら直接の契約関係に立たない関係上、横内に代つて右の引渡請求をしたものと見られる一方、上告人は当然これに対して留置権を以て対抗できるのであるから、被上告人は事情を知らない藤原豊から右引渡を受けたことにより、本来上告人に右代金を支払わなければその引渡を受けられないに拘わらず、その支払を免れた点において、不当利得を生じた場合に該当するか否かを公平の理念に照して検討を要するわけであり、ひいては、被上告人が右製作代金の未済の事実を知つていたか否かを審理する必要も起るであろう。
このように考えると、本件のごとく当事者の主張に明白な誤解のある場合には、裁判所としては、単に当事者の主張するところがそのまま真の争点であると軽信すべきではなく、後見的機能に基づいて、右の誤解を指摘して、主張の再検討を命じた上で、更に当事者双方の主張立証を尽さしめるのでなければ、事案の核心に触れた審理判断をしたものとはいえない。したがつて、原審がこの点を看過して当事者の誤つた主張をそのまま排斥したことは極めて顕著な審理の粗雑のため裁判所のなすべき釈明権の不行使の違法があり、ひいては、審理不尽の違法があるといわなければならない。また以上のとおり考えてみると、原判決が藤原豊を上告人の履行補助者と見たことの根拠も不十分といわなければならない。してみると上告論旨の内所有権の移転に関する部分は誤まりであるが、その余はいずれも理由があるといわなければならない。
よつて民訴法四〇七条により原判決を破棄して本件を大阪地方裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。
(沢井種雄 野田宏 中田耕三)
〔上告の趣旨〕
「原判決全部を破棄する」との判決を求める。
〔上告の理由〕
第一点 原判決には次の法令違背があり、この違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
一、原判決は代理権限規定を不当に適用したものである。
本件物件を被上告人が持帰つた当時、上告人会社は盆休みで休業中であつたのであり、留守番の藤原豊には本件物件を引渡すについては何らの権限もないのである。
原判決は、従来から、製品について上告会社代表者の具体的指示なく、居あわせた従業員がその場で引渡しをしていたことが認められる、との理由のみで藤原豊にも代理権規定を適用されたのであるが、これは少々ずさんである。代理権の有無は個々的に判断されなければならない。藤原豊には従前からも所有権移転を伴うような引渡し権限は一度も与えられたことはなく、製品を搬出するのを手伝うという事実行為はあつたとしても、これはあくまで事実上の運搬行為であつて法的に所有権移転の意思表示とみなされる様な引渡権限に基く行為をしたことは一度もない。しかも当時は上告会社は営業停止中であり、藤原豊にとつて上告会社のためにする業務行為というようなものは全くないのである。
しかるに藤原豊にも代理権の規定を適用され、本件物件の引渡しは適法であると認定された原判決は法令適用の誤りである。
二、原判決には商慣習を無視したところの法令違背がある。
本件は要するに製作物供給契約である。それは売買と請負の一種の混合契約である。従つて売買と請負に関する法令が共に適用されるところ、商品売買にあつては代金後払いの特約ないしは日常生活に要する商品売買で代金は月末払い等の商慣習がない場合は、全て代金完済時に目的物件の所有権が移転するとみるのが社会常識であり商慣習である。また請負についての民法第六三三条は、報酬は仕事の目的物の引渡と同時に与うることを要す、とあり、これは反面所有権移転時期について特約がない以上、これが移転は代金と引換えである、との趣旨にもとれる。また社会通念としてもこのとおりで、代金後払いの特約なき以上、製品の所有権は代金完済時であると誰しも考えているのが自然である。
本件契約も右同様であり、所有権移転時期について特約がなかつたと言うのであれば、その移転時期は代金支払時とみるのが社会常識に合致し、かゝる商慣習があると思料する。特に本件では、原判決も認定のとおり、注文主の横内は当時経済的にゆきずまつていたのであり、上告人としてもかゝる倒産寸前の者に、代金も受取らないのに製品の所有権のみを相手に渡すというような契約をする筈がなくこの事情は被上告人も充分承知なのであるから本件契約において所有権移転時期は代金支払時とみるのが当事者の意思にも合致する。
しかるにこれを無視した原判決は慣習法違反である。
三、尚本件物件の所有権移転時期については原判決は、物件引渡しのときにその所有権を注文主横内に移転するにあつたものと認められないでもない、というような単なる憶測の域を脱しない判断をもとに結論的には引渡時に移転したものと断定したるは審理不尽である。